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最高裁判所第三小法廷 昭和39年(行ツ)49号 判決 1966年2月22日

上告人 中村嘉知 外二名

被上告人 熊本県知事

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告人らの上告理由第一点および追加第一点について。

論旨は、要するに本件許可申請は、上告人ら先代と訴外中村熊次郎間に昭和三〇年一月二六日覚書の形式をもつて締結された農地賃貸借関係変更契約第二項の合意に基づくものであつて、同項は、本件農地賃貸借が昭和三五年一月二五日の契約期間満了と同時に終了し解除されることとを内容とする約定であり、それが合意解除であつて合意解約でないというのは、継続的契約を将来に向つて解消するのではなく、既存の契約を解消して契約がなかつたと同様の状態にするからである旨を主張したのにかかわらず、原判決は、その事実の摘示(二)において、その合意解除とは、前記覚書の合意により本件賃貸借が昭和三五年一月二五日の経過とともに終了し消滅する趣旨であり、それに土地返還の意思表示までを含まない点で合意解除と異なるという上告人らの主張と違うものをその主張として記述し、これに基づいて前記覚書および本件許可申請の趣旨を判断したのであるから、それは、誤解した主張を基礎として判決した違法があるというにあるものと認められる。

第一審および原審の口頭弁護において上告人らの陳述した準備書面によれば、所論のような主張が認められ、これに関し原審裁判所に誤解がなかつたとはいえない。しかし、原判決も、上告人らの本件許可申請を合意解約によるものではなく、前記覚書第二項の合意を理由とするものであつて、それが上告人らのいう合意解除による申請であることを誤りなく記述しているのであるから、右過誤は、結局、いわゆる合意解除は賃貸関係を遡及的に解消する効果を有するものとする上告人らの主張を看過し、解消の効果は将来に向つてのみ生ずるものとする趣旨に理解した点にとどまる。

ところで、農地法二〇条一項において、賃貸借の解除、解約の申入、更新の拒絶と並んで掲げられた「合意による解約」とは、賃貸借解消の効果が将来に向つてのみ発生する場合であると、所論のもののように、その効果が遡及的に発生する場合であるとをとわず、貸借関係の解消が当事者双方の合意に基づく場合を指すものと解するのを相当とする。従つて、上告人の主張の前記覚書第二項による合意解除を理由とする許可申請も、また「合意による解約」を理由とするものとして、その所定の方式手続によるべきものといわなければならない。してみると、たとえ原審に前叙のような誤解が存したとしても、そのために、本件許可申請を合意による解約を理由とする許可申請の方式を具えないものとして却下した被上告人の処置を正当とした原判決の判断を誤りとすることはできない。本件許可申請に前記覚書が添付されたこと、右覚書は県農地課の指導のもとに作成され、その第一項に基づき一部賃貸地について合意解約を相当として被上告人の許可があつたこと等上告人ら主張の諸事情も、右の判断を左右するものではない。されば、論旨の主張する違法は、結局、原判決の結果に影響するところはないといわなければならない。

なお論旨は、判決には上告人らが準備書面に基づいて陳述した事情等のすべてを記述すべきものとする見地から、原判決の事実の記載を非難するものとみられるが、判決における事実の記載は、その要領を摘示すれば足りるものであることはいうまでもない。また論旨は、熊本地方裁判所昭和三七年(行)第五号事件判決における主張との牴触を云々するが、それが牴触するものとしても、それだけで原判決を違法ならしめる事由となるものではない。

論旨はいずれも採用できない。

同第二点について。

論旨は、原判決が、上告人らにおいて、その先代と訴外中村熊次郎間の農地賃貸借に関する覚書第二項を遡及効ある合意解除の約定と主張したのに対し、前叙のような誤解をおかしたうえ、信憑力の乏しい立会小作官の証言(乙第三号証)を採用し、その合意解除とは遡及効のない合意解約にほかならないものと解したのは、採証を誤り、賃貸借の終了に関し法律違反の判断をしたというにあるものと認められる。

しかし、前記覚書第二項を、上告人らの主張のとおりに、遡及効を生ずる合意解除の約定と認めたとしても、それがため、同項に基づいてした本件許可申請を合意による解約を理由とする許可申請の方式手続によるべきものとして却下した被上告人の処置を正当とした原判決の判断を誤りとすることのできないことは、さきに説示したとおりである。従つて、論旨も、結局、原判決の結果に影響するところはないものとして、採用できない。

同第三点について。

論旨は、被上告人の本件許可申請却下処分は、熊本地方裁判所昭和三五年(行)第一〇号事件の口頭弁論において、上告人らの主張が誤つて本件許可申請は合意解約を理由とするものと受け取られたことに原因するものとし、上告人らは、右事件においても、その先代と訴外中村熊次郎間の農地賃貸借に関する覚書第二項に基づく合意解除を理由とする許可申請である旨を主張していたのであつて、本件においてその主張を改めたのではないのであるから、原審はこの点を審査して右上告人らの主張の正否を判断すべきであるのに、これを怠り、上告人らの主張を誤解して被上告人の処分を正当としたのであつて、原判決には判断遺脱の違法があるというものと認められる。

しかし、本件許可申請を、上告人らの主張のとおりに、前記覚書第二項に基づく合意解除を理由とするものと認めたとしても、それがため被上告人の申請却下処分を違法とし、これを支持した原判決を失当とすることのできないことは、すでに上告理由第一点について説示したとおりであつて、論旨は採用しがたい。

同第四点について。

論旨は、被上告人の本件許可申請却下処分は、熊本地方裁判所昭和三五年(行)第一〇号事件において、上告人らの主張を誤つて、本件許可申請は合意解約を理由とする旨記載された口頭弁論調書(甲第四九号証、乙第二号証)に基づいてなされたものであるところ、右調書は、不実を記載し、かつ口頭弁論公開の規定に違反した無効のものであるから、右調書に基づいた本件却下処分は当然取り消されるべきであるのに、これを瑕疵のないものと認めた原判決は違法であるというのである。

しかし、たとえ所論のような事実があつたとしても、被上告人の本件許可申請却下処分が適法かどうかは、前記訴訟事件の調書自体の効力いかんとは無関係である。原判決もまた、右被上告人の処分を、前記訴訟事件における上告人らの主張ないし調書の記載に基づくことを理由として、正当と認めたものでもない。論旨は理由がない。

同第五点について。

論旨は、第一審において上告人らは県の保管記録の提出を求めたのに対し、被上告人側はこれに応じなかつたのであるから、民訴法三一六条、三一七条を適用すべきであつたのにかかわらず、これを適用せず、また証人である小作官村松喬への上告人らの尋問を制し、その調書も最終口頭弁論期日まで閲覧を不可能とし、十分な攻撃禦方法をなさしめなかつた訴訟手続違背があるので、それに基づいてなされた第二審判決もまた違法であるというのである。

しかし、本件記録によれば、論旨にいう県保管記録の提出は、民訴法三一九条による文書送付の嘱託の申出が採用されたことを指すものであることが認められ、従つてこれに同法三一六条、三一七条の適用はなく、その他論旨に挙げるものは、手続違背とするに足りるものではなく、しかも、第一審におけるそのような事柄を原判決の瑕疵と主張する所論の理由のないことは、明らかである。

同第六点について、

論旨は、原判決が甲第一五号証の一、同第二〇号証の一、二、三を採用しなかつたこと、乙第三号証を採用したこと、その他証拠の採否を非難する。

しかし、所論は原審の専権に属する事項を論難するにとどまるものであつて、採用に値しない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 横田正俊 五鬼上堅磐 柏原語六 田中二郎 下村三郎)

上告理由書<省略>

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